シークレットベイビー 弥勒と菜摘
✴︎



「私はこの子は渡せません! 」


と、菜摘は言った。


こんな事をしでかしたけど、兄は菜摘のたった1人の肉親だった。

菜摘の両親は、中学生の時に事故で亡くなった。当時大学生だった兄は、バイトをして就職をして結婚して2人の子供の父親になって、それでもその間ずっと菜摘の面倒を見てきてくれた。育ててくれた。

菜摘はやっと昨日卒業して、保育士して独り立ちするところだった。
菜摘がここまでこれたのも兄のお陰だと思う。

泣いて泣いて、辛くてどうしていいか分からなかった時に、兄一人の手を頼りにして大人になった。
だから兄が困っていたら、やはり助けたいと思ってしまう。


「そして、この子は私の血が流れていて、理屈抜きでもう私の家族です。
はいどうぞ、なんて、絶対できない」


一方、弥勒の家族は複雑そうだった。
2人しかいないシンプルな菜摘と違い、逆にゴロゴロ親戚がいすぎて、しかも皆、離婚や結婚を繰り返し、その度に子供やら親戚やらが倍増してているそうだ。
そんな姿を見て嫌気がさして、結婚て何の意味があるんだろう、と思ったらしい。

弥勒の両親も離婚して何度か再婚している。子供の苦労も身に染みて分かっているからこそ、罪のない赤ちゃんは大切に育てられるべきだ、ちゃんと安定した環境で愛情を持って自由に育つべきだと言った。


「オレは自分の血を引く子が、満足な教育も受けられず、我慢して暮らすのなんて嫌だ。オレならどんなチャンスも与えてやれるのに、そんなの勿体ないだろう」



✴︎



「堂々巡りだね」


と弥勒はため息をついて、しばらく沈黙が続いた。

菜摘はうつむいたまま、腕の中の赤ちゃんを見たら、スヤスヤ寝ている。
弥勒が来る前に、おしめを変えたり、お風呂に入れたり、ミルクを飲ませたり、ゲップをさせたり、ほっぺたにムチューってキスしたり、よだれを拭いたり、話しかけたり、寝かしたりしていたのだ。

柔らかくて、小さくて、でもそれなりの重さのあるこの人は、もう菜摘の愛情を一身にうけて育ち始めている。

私が守るともう体から頭まで、覚悟してしまってるんだ⋯⋯ 。
うつむいて、じっと一子を見ている菜摘を、弥勒は見つめている。

しばらくして弥勒が、


「⋯⋯ 持ち寄ろう」


といきなり言った。
決断に慣れた声だった。
一番良い案で、人を動かす声だった。


「えっ? 」

「お互い、血を分けたこの子を幸せにしてやりたい、何かしたいんだ、どうにもならない気持ちだろ。
じゃあ、できることを持ち寄ったらどう?
君は愛情と、あたたかい家庭と、母親になる。
オレは愛情と、金と、家と、教育と、父親になる」


腕の中の赤ちゃんが、ウニャウニャと動く。
菜摘より先に、もう、リーダーの声が耳に入っているようだった。

まだ小さいのに、ものすごく重い、この確かな重みは命の重み。
何かあっても途中で放棄できない責任。
しかも一時期の事じゃない、この子の一生の話だ。

菜摘がいくら決心したって、菜摘本人しかいない。家もお金も何にもない。現実としてこの先、どうしていくのか。

それでも全責任を負う。
でもそれは責任だからじゃなくて、愛だから。
確実にそんな健全な人としての気持ちも伝えたい。

それが弥勒の手を取れば、かなう。
父親と母親のいる安定した家庭で、


菜摘はそれに従った。弥勒の手を取った。

菜摘は母親に。
弥勒は父親に。

決断するも何も、現実に腕の中に赤ちゃんがいて、この子の人生がすでにはじまっている。
何も道が見えなくても、より良い方に進むしかなかった。

親が亡くなった時も、前に何にも見えなくても、生きていたから進むしかなかった。

今、赤ちゃんを、この子の人生も丸ごと受け取って、それでも前に進む。

両親がいなくなった時、私の手を握っていた兄も、もしかしてこんな気持ちだったのかな、ってふと思った。

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