世界でいちばん 不本意な「好き」
弾けないって、何度も言った。
弾きたくないって、何度も訴えた。
それでも寧音はわたしがあきらめたわたしの音を、あきらめてくれない。
「一度聴いた音はわすれない絶対音感」
やめて。
「機械みたいに正確で、それなのに、感情移入ができる繊細な音色」
「やめて…」
「その神童は目を閉じたらその音がつくる世界に征ける≪視覚に訴える音楽≫を紡ぐ」
「寧音、」
「数多くのコンクールで賞を総なめした神童が、ただ学園祭のために集められたバンドが練習してる曲が弾けないなんてことないでしょ」
「弾けないのっ」
「ちがう、逃げてるだけ」
みんな、
みんな、わたしを逃げてると言う。
左手がずきずきと痛んで、くるしい。
そう思っていたら、痛むところに唐突にあたたかな温度が与えらえれた。
「ショーマくんは佐原さんのこと送って。バンドの鍵盤は俺が弾くよ」
静かな低い声。
掴む手が少しふるえてる。
「行こう、アリス」
なんでふみとの手がふるえてるんだろう。
なんでふみとが、おこってるんだろう。
左手を触られること、誰にも許せなかったのに。
「どこにいくの…?」
「ふたりでいれるところ」
学校行事に賑わう校舎内を横切る。
繋がれた手。解きかたなんて知りたくない。
だけどたぶんこのままじゃいけない。ショーマもきっとこんな気持ちで、気付いた恋に向かっていったのかな。
「…おんがくしつ」
たぶん、どのクラスも使ってない、大嫌いな場所。
「わかった」
だけど大好きだったことのある場所。