世界でいちばん 不本意な「好き」



これが逃げてるってことなら、それでもいい。



「それよりふみと、ツインボーカルはどうするの?」


わたしが言えたことじゃないかもしれないけれど。


「俺ね、ピアノ弾きながら歌うのわりと好きっていうか、いつもよりうまく歌えるんだよね。だから内心ラッキーって思ってるよ」


あ、笑ってくれた。
優しいひとだなと思う。

それでいて素直で、自分を、とても理解している。


「ピアノ弾いてると音程がとれるのかもね」

「それそれ。自分たちの曲歌うとさー、基本踊るからピアノだめでさー」


そりゃそうだ。アイドルだもん。ピアノを弾いていたらファンは横顔しか見ることができないし、ふみとだってファンの顔を見れない。



「ふみと、アイドルになるきっかけになった合宿祭で、音彩ちゃんになんて言われたの?」


人からの言葉で進路を決めるタイプでもなさそうなんだけどなあ。


「え、なんで音彩の言葉がきっかけだって知ってるの?」


だって。11年前に寧音が見た合唱祭。
それはふみとが前に言っていた中3の合唱祭と同じだ。

わたしは鈍感じゃない。


「なんとなく、そうなのかなって」


もしわたしたちが同じ年だったとして、ふたりと同じような時間を過ごしても、きっと敵わない。



「誰かを笑顔にしてみたいって言ったら、アイドルとか向いてそうだよねって。ただそれだけ」


照れくさそうに言う。


「芸能界に行くなんて自分じゃ思いつかなかったし。ああそういう世界もあるんだよなって考えるようになったところでちょうど事務所に声かけられて」

「都内で?」

「ちがうちがう。学校の合唱祭の映像がサイトで公開されて、それをなんかしらで見てマネージャーから連絡がきたんだよ」


そんなところから発掘されることもあるんだ。

なんてことないみたいに話すけど、ぜんぜん、すごく、すごいことだってわかる。

< 200 / 314 >

この作品をシェア

pagetop