俺が優しいと思うなよ?
「三波。今日のパーティーは夕方からだが、その前に俺は家族に顔を出しておきたい。お前のドレスの着替えやヘアメイクもホテルのサロンに頼んであるから、時間的にここを一緒に出ても問題ないだろう。会場の待ち合わせの時間と場所は後で決めよう」
「……はい、わかりました」
真っ白なスケッチブックから目を離して、私は成海さんを見上げた。彼は小さなため息を吐く。
「本当に大丈夫か?前にも言ったが、今日の大政建設のパーティーはお前にとっても親父に顔を売っておく大事なチャンスなんだぞ」
と、まるで子供に言い聞かす口振りで私を見つめる。
「いいか?とにかく、今は都市開発のプレゼンを成功させることだけを考えろ。そのためには大政建設のボスである親父の真意を少しでも探る必要がある。俺もあの狸オヤジの鼻っ柱をへし折るつもりでいるから、三波も目先の食い物に気を取られるなよ」
成海さんは朝から気合いが入っているようだった。
その真逆に、私のスケッチブックは何も思い浮かばないまま白い。しかしここの主はリビングと書斎と寝室を行ったり来たりを繰り返し、私に近づくことも話しかけることもなかった。
なんだろう。何か頭に浮かびそうなんだけど。
昨夜の悪夢の中にあった教会は朧気に覚えている。
テラスのある教会。これは私が前から考えていたことだった。
冠婚葬祭もミサも息抜きをすること、落ち着くことは必要なこと。外の空気を吸うためなどに室内から一歩外に出られるテラスは便利で外観も悪くない。
でも……。
くんっ。
何も描かれていない紙を見つめながら頭の中でデザインをぐるぐると思案していると、お出汁のいい香りがした。
「三波、昼飯だ」
と、横からの声と一緒にテーブルに置かれたのは、ツヤツヤのたまごを乗せた月見うどんだった。醤油と鰹だしの香りだけで、お腹の虫が鳴りそうだ。
スマホの時間を見ればちょうどお昼の時刻。朝のクロワッサンサンドを食べた時から三時間ほどが過ぎていた。
「三波、早く食え」
成海さんは自分の月見うどんを食べ始めた。
私もスケッチブックを絨毯に置いて、月見うどんの前で「いただきます」と手を合わせた。
一宿三飯の恩返し、私に何ができるのか。