俺が優しいと思うなよ?


「成海さん、泊めていただいたのにお世話になりっぱなしで何もお礼出来ずに申し訳ありません……」

荷物を積み込みマンションを出発した成海さんの車の中で、私はなんとなく施した化粧をした顔で頭を下げた。
運転席でハンドルを握る成海さんは黒髪を後ろに流してセットして、ダークグレーの三つ揃いのスーツをパリッと着こなしている。とてもさっきまでスウェットを着て寝癖のついた頭で月見うどんを作っていた成海さんと同一人物とは思えない変身ぶりだ。
その変身した横顔の切れ長の瞳が一瞬だけ私を見た。
「別にお礼が欲しくてお前を泊めたわけじゃない。この方が俺にとってもお前にとっても良いと思っただけだ。それに……」
と、彼は言葉を切った。
「それに?」
私が言葉を返すと、その清潭な横顔がちょっとだけ歪む。

「……どうしてもお礼がしたいなら、謝るような言い方をするな」

それだけ言って口を閉じた。

『三波、こういう時は素直に「ありがとう」と言えば、男は喜ぶんだよ』
昨日言われた言葉を思い出した。



そうしてホテルに到着した私たちは待ち合わせ場所を決めた後、それぞれの目的の場所へと移動した。
私は成海さんの予約してくれたサロンで着替えとヘアメイクをしてもらい、お化粧も直してもらった。お財布やスマホなどをドレスと一緒に購入したスワロフスキーを散りばめた白いハンドバッグに入れ替える。靴も深紅のドレスに合わせて赤いパンプスに履き替えた。
「ありがとうございました」と言ってサロンを後にして、クロークで荷物を預ける。そして成海さんに言われたとおり、待ち合わせの場所へと向かった。

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