俺が優しいと思うなよ?


その人物を目の前にして、私はすっかり萎縮しておののいていた。相手の身分ということではなく、その人の「格の違い」を見せつけられた気がした。記念式典の時はあんなに遠くから見ただけで圧を感じたのに、今は立っているだけがやっとの自分を褒めてやりたいと思った。

「父さん。さっき話した俺と同じ響建築デザイン設計事務所で都市開発を担当する三波聖さんだよ」

成海さんの声にハッと気づいて慌てて深く頭を下げた。
「はっ、はじめまして。み、三波聖と申します。よろしく……お願いしますっ」
真面に相手の顔も見れないまま、緊張ばかりで頭が真っ白だ。全身もガチガチに固まっている。

「彼女は学生時代に建築デザインコンクールで優秀賞を得て、ヴェール橘建築事務所にいた時に市営図書館のデザインを担当した実力者だよ。三波、顔を上げて」
成海さんが父である大政建設の社長に私の経歴を話し、私はゆっくりと顔を上げて向かい合うその人を見つめた。
彼、成海義治氏はじっと私を見ていた。近くで会って初めて、彼の瞳がとても澄んでいることがわかる。しかし同時にその瞳がビジネスの全てを決めてきたのだと思うと、やはり人生逃げてばかりの私には堂々と視線を合わすことが出来なかった。
私は成海義治氏の白いネクタイへ目線を下げた。

「ほう、彼女が。しかしそんな大きな物件を手掛けたのなら、あなたの名前がもう少し広がっていると思うが」
「そっ、それはっ」
ヴェール橘で仕事をした市立図書館を含めた全ての図面の名前は西脇の名前だったのだ。頭に西脇の顔が浮かぶと、私は声を出すことをやめてしまった。
すると、成海さんが間髪入れずに口を挟んだ。
「それについては後から説明するよ。それより今は都市開発のプレゼンに専念したい。今回は彼女に任せて俺はサポートすることになった」
今度は親子で顔を合わせているが、話の内容が仕事のせいなのか、お互いの顔つきは親子というよりは上司と部下に似ている。
「そうか。お前はデザインしないのか」
「この物件は俺より三波が適していると判断した。三波は絶対に父さんを唸らせるほどの教会を描くから、心してフェアな精神で目を向けて欲しい」
成海さんはそう言って、私の背中を軽く押した。

──がんばれ。

そう言われた気がして、ピリピリとした空気の中で息を吸って成海義治氏を見上げた。

「いっ、一生懸命……いえ、利用いただく皆さんの心に届くような教会を描いてきます。ど、どうかよろしくお願いします!」

意気込みとは裏腹に、発した声は情けないほど震えていた。改めて頭を下げる際に垣間見た成海義治氏の顔は、ふわりと緩んでいたようだった。

「楽しみにしていますよ、三波聖さん」
その声はとてもあたたかく、穏やかに聞こえた。
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