俺が優しいと思うなよ?
間もなく会場の一角で始まったピアノ演奏。ヨーロッパで有名なピアニストというので、その一段高く設置されたステージの周りに会場の人々が集まり会場中に広がる音色に聞き入っている。
私は人集りから少し離れたところで、大政建設トップと顔を合わせた緊張感から解放されて疲れていた。
──さすがスーパーゼネコンの社長、普通に呼吸が出来てる気が全くしなかった……。
「一歩前進といったところだな」
成海さんがシャンパングラスを両手に歩いてきて、片方を私に差し出す。
「ありがとうございます」
乾いた喉を潤せる、と有難くいただく。
成海義治氏はあの後、ピアノ演奏の間は控え室で休憩の予定ということで、秘書とSPの男性二人と一緒に行ってしまった。彼と会った時間は実際カップ麺が出来上がるくらいだったが、もっと長く感じた。
ここからでも少しだけ見える白いグランドピアノへ目を向け、シャンパンに口をつける。
「せっかく成海さんが大政建設の社長さんと会える機会を作っていただいたのに、何も聞き出せませんでした……」
呼吸だけで精一杯だったなんて、と情けなく項垂れる。
「いや。あの親父にお前という記憶を植え付けることができただけでも上出来だ」
成海さんは少し口角を上げて、機嫌よさそうに笑った。
「親父といっても、大政建設のボスだしな。初対面で緊張するのは当たり前だろ?」
と、私の気持ちを汲んでくれたような言葉に心臓がキュッと甘く脈打った。