俺が優しいと思うなよ?


──はぁ。結局ローストビーフも食べられなかった。

会場で口にできたのは、シャンパン三杯。
「お腹すいたなぁ」
と呟きながら、手を洗っているときだった。

「あら」

奥のパウダールームから姿を現したのは、二条詩織さんだった。

──こんなところで会うなんて。

内心はそう思いながらも「こんばんは」と挨拶をした。彼女はパールゴールドのドレスからスラリとした黒の総レースのワンピースを着ている。
「ピアノ演奏、とても素敵でした」
詩織さんは特に喜ぶことなく、「ありがとう」と言って鏡を見ながら髪を撫でて整える。

「成海家一族はね、今回のパーティーにそれぞれ一人だけ特別ゲストとして招待状なしで招待することができたって、知ってた?」
「……え?」
私は何のことだかわからず、首を横に振った。

成海さんがパーティーの話をしたのは、彼が私のアパートに来た日だ。その時は仕事の一環という口振りで、パーティーに私を連れて行くことも当然のように話を進めていた。
「……成海からはそういった話はありませんでした」
と、私は詩織さんへ目を向ける。
彼女は小さなバッグを手に、腕組みをして私を見た。綺麗に整えられた眉も眉尻が上がっている。
「先日、柊吾にパーティーのエスコートをお願いしていたの。だから柊吾のゲストに呼ばれると思っていたのに、彼は自分のゲスト枠にあなたを選んで招待すると家族に伝えていたの」
「え、でも、二条様はピアノ演奏で招待されていたんじゃ……」
「違うわよっ!」
彼女は大きな目を吊り上げて声を荒らげ、洗面台を両手でバンッと強く叩いた。私は驚いて体がビクッと跳ねた。

詩織さんはここがお手洗いだということも忘れたように、怒気のある口調で言い出した。
「私のミニリサイタルなんて元々パーティーのスケジュールに組まれてなかったの!柊吾が私を招待しないことを知って慌てて成海のおじ様に頼み込んでピアノの生演奏の時間を調整してもらったのよ。でも、今日の目的はピアノを聞いてもらうことじゃない。柊吾のパートナーは私だってことを周りに知ってもらうためだったのよ!」

──どういうこと?
私は首を傾げた。
「あの、ご婚約されていると伺っていますが……」
つい昨日、成海さんから聞いたばかりのことだ。
すると、詩織さんは更に顔を歪めた。
「はあ?いつの話よ。確かに婚約者はいたけど、半年も前に解消して別れたわ。やっぱり私のことをわかってくれるのは柊吾なのよ」
成海さんはこのことを知っているのだろうか。だから成海さんに対してのアピールが凄かったのか。
きっといまの詩織さんには成海さんしか映っていないのだろう。
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