俺が優しいと思うなよ?
ヴェール橘の事務所は駅前の高層ビル群の中にある。響建築デザイン設計事務所とはそれほど離れていないが歩けば二十分はかかる。
響さんとの会話から数日経ち、俺がこのビルの前に立つのは今回が三回目だった。仕事の終わる頃合に、この何十社と詰め込んだ企業ビルの一階総合ロビーの壁を見上げるのも三回目の行動だ。壁にはどの階になんの会社があるのかを記す巨大パネルが掲げてある。ヴェール橘は二十五階から二十八階に事務所を構えているらしい。
セキュリティゲートの向こうのエレベーターが見える位置に立ち、箱から流れ出てくる人々を見つめる。ヴェール橘らしき社員を探そうと、あわよくば三波聖本人に会えるのが一番の目的なのだが、彼らの持つ社員証の文字まではここから見えるわけもなかった。
「建築家の成海柊吾さんですよね?ファンなんです。お話しませんか?」
「あの……おひとりですか?一緒にお茶しませんか?」
ここに立っているだけで何人かの女性から声をかけられているが、「人を待っているので」とやんわりと断ることにもうんざりしてきた。
そもそも、ヴェール橘に関しては公になっている会社概要以外、社員に関しては表立つ社長から役職者より下の社員の情報は皆無に等しい。何より社内情報に関していえば社名どおりヴェールに覆われている。わかることはヴェール橘が手掛けた物件くらいだ。
──せめて、ヴェール橘の社員に近づけたら。
その願いも虚しく、俺は増えていく自分の仕事に時間を割くことが多くなっていった。
三波聖探しが挫折していく中、俺の気持ちにも僅かに変化があった。
あの市営図書館のデザインが三波聖のものだと頭で訴えていても本人に会えない以上、実際に彼女がヴェール橘の社員であり彼女の作品なのか。そんな自分の信じたものに自信をなくしていくことも否めなかったのだ。