俺が優しいと思うなよ?


今、みんながあの図面を見ているなら、それが私の価値というなら、私はそれで十分満足だ。
西脇を睨み上げる。
「私の価値を決めるのは……西脇さんじゃありません」
「なに?」
西脇の眉がピクリと動く。

私は「ふぅ」と息を吐いた。これ以上何をされるか分かったものじゃないけど、言わないと気が済まない。
「あなたが私の価値を、勝手に決めないでください!」

自分でもびっくりするほどの大声に、西脇も目を丸くして少し驚いているようだった。そして彼は「ははっ」と小さく笑った。
「ああ、悪い。今のは俺が悪かったよ、そんなに怒るなよ」
と、今度はご機嫌を摂るかのように、しおらしく謝ってきた。

電話の音が聞こえてきた。幼い頃にテレビで見て聞いた、レトロな黒いダイヤル式の電話から鳴っていた「ジリリリリリンッ」という音だ。
西脇はその音に反応して面倒そうに顔を歪め、ジャケットのポケットからスマホを取りだした。
「はい……はい。……わかりました」
彼が敬語を使う相手は、会社の上層部かお客様くらいだ。
通話は短く終わり、彼はキッチンから大きく膨らんだレジ袋を持って戻ってきた。
「俺はこれから出かける。いつ帰れるかわからないから、腹が減ったらこれを食え。水も入っている」
そう言って、いくつかのパンやおにぎり、スナック菓子と水やお茶のペットボトルをテーブルに広げた。おかげで机上は仕事道具と食料が混ざりあって少し見苦しい状態だ。
西脇の指示も食べ物も、私には拒否の一択しかない。首を横に振って彼を見上げた。

「デザインは描きません。帰らせてください」

「三波、次に同じことを言ったら、成海にこの画像を送信する」
西脇も急いでいるせいか、眉間に皺を寄せた苛立っている顔で睨んできた。
「いいか。逃げようなんて考えるなよ」
そう言い残して私の荷物を掴んで部屋を出ていった。どこかのドアを開閉する音が聞こえ、玄関の施錠する音が聞こえた。

自分のカバンの中にスマホがあったため、西脇に取り上げられて誰かに連絡する手段を失った。
一人になった私は、とにかくここから出る方法を見つけようと立ち上がった。
この部屋の南側に大きな窓がある。窓から大声で助けを呼ぼうかと近づいてみた。
「……え?」
窓まではソファとローテーブルがありそれらを避けて行こうとすると、僅かに窓に届かなかった。
「こうなったら……!」
と、ソファを動かそうとしてみたが動かしてみても窓ガラスに指先が触れた程度だった。
「うそぉ……」
ガックリと肩を落とす私に、足首の手錠と鎖がジャラジャラと返事をする。
こうなればいっその事、鎖を繋いだテーブルごと動かしてみようと試みた。
「……」
テーブルの天板の素材は大理石だと聞いたことがある。以前、私がここに来た時にもこのテーブルはあった。改めて触れみたテーブルは、ひんやりと冷たく蔑視されているように思えた。
今はあれこれと物が置かれているが、あの時は。

──あの時は、この上で……。

湧き上がる記憶を消そうと、激しく頭を振る。
大理石のこのテーブルも、私に応えてくれることはなかった。

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