俺が優しいと思うなよ?
「……」
気がついたとき、私は床の上で蹲っていた。エアコンが動いたままで空気が乾燥しているのか、喉の痛みを感じる。水分を摂りたいと思ったが、西脇から差し入れられたものには手をつけたくなかった。エアコンのリモコンが見当たらず、私は仕方なく部屋のドアを開けた。
廊下のひんやりとした空気が部屋へと入り込む。それだけで少しだけ気分が和らぐ。
窓の外が明るい。
視線を移すと、壁時計が七時半を指していた。
「会社、行かなきゃいけないのに」
窓から遠い空を眺める。
──成海さん、あの教会のデザインを見てどう思ったかな。
あの人を思い出して、情けなく笑う。
「ははっ……私って、かなり鈍感だよね」
西脇と歪んだ男女関係を結んだ経緯から、恋愛という言葉にすっかり臆病になっていた。そして詩織さんに挑発されても自分の気持ちが何だったのかに時間をかけ過ぎたという体たらくに、もう救いようのない私が嫌になる。
「もう、やんなっちゃうなぁ……ふふふっ」
無意識な独り言など、誰も聞いていない。頭の中に誰が浮かんでいるのかなど、誰も見ることなんてできない。
「勝手に人の退職願なんて出すなんて、ありえないし。態度が大きいし自己中だし、言い方にも腹が立ったこともあったのに」
高く、青い空を見ていると言葉が止まらない。
「私、あんなに世話を焼かれていたのに。それどころか、全然デザインが描けないことをいいことに、あの人に甘えていたよね……」
大政建設のパーティーから一人で帰ってきたあの夜、頭の中に広がった建物。それがとても壮観で、清楚で、そしてどこまでも厳かで。
「「成海さんを思い浮かべて描いたんです」と言ったら、なんて言われるかな」
あのデザインには、ほんの少しだけ私の気持ちが含まれている。
成海柊吾がそれに気づくかどうかは、神のみぞ知るだ。