俺が優しいと思うなよ?


思えば、大政建設の創立記念パーティーの時からちゃんとした食事はしていなかった。デザインを描いている時に滞在していたホテルは素泊まりでルームサービスを一日一度ほどサンドイッチを頼んだくらいでアパートに帰ってからの食事はカップ麺だった。そして西脇のマンションに閉じ込められたのだ。
せっかくまともな食事にありつけたというのに、今度は自分が食べられなくなっていたという不測な事態にガックリと凹む。

「コーヒーは、飲めるか?」
気を遣われたように温かなコーヒーのカップが差し出される。
「ありがとうございます」
リビングのソファに座っている私は、それを両手で受け取った。
「月見うどん、本当に美味しかったんです。残してしまってすみません……」
引っかかった気持ちを口にすると、「まったく、お前は」と成海さんは苦笑して隣に座る。
「別に胃が受け付けないのはお前のせいじゃないだろ。謝ることじゃない。それよりも……」
彼は自分のコーヒーを口にして言葉を一度切った。

「落ち着いたか?」
成海さんの言葉に、私は頷く。
彼も私を見て頷くと静かな声で言った。
「本当はお前をすぐに寝かせてやりたいんだが、俺の前から消えた数日間、お前が何をやっていたかを聞いておきたいんだ。あの日、詩織と接触してホテルのロビーで倉岸に会ったことまではわかった。そして西脇に監禁されるまでの行動もなんとなく掴めているが、俺はちゃんとお前の口から聞きたい」
真面目な表情の彼に、たくさん心配や迷惑をかけていたんだと思った。倉岸さんから仕事の合間に私を探していたことも聞いていただけに、居た堪れない気持ちになる。
「本当に申し訳ありませんでした……」

──穴があったら潜って猛省したい。
そんな気持ちで深々と頭を下げると、
「だから、謝って欲しいわけじゃない」
と、頭をグイッと上へ向かされた。

「これはお前が勝手にいなくなったペナルティと、俺が……俺たちがこれから先に進むための一つの区切りとして、俺が知っておきたいんだ……」
「……成海さん?」
よくわからないことを言われた気がしたが、立ち上がってキッチンのカウンターへ行く彼の後ろ姿を見ながら「わかりました」と頷いた。
この件は西脇と私の問題であり成海さんは私の上司になったばかりに、ただ巻き込まれただけだ。きっと彼は自分の立ち位置を把握するために全容を知るべきだと思っているかもしれないが、そのためには西脇との関係を避けて話すことはできない。

──過去を知れば、成海さんは私を見る目を変えるかもしれない。


想い人の彼だけには、こんな黒い部分を知って欲しくなかったのに。

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