俺が優しいと思うなよ?
獣と残業

入社してから一週間。

「町田くん、松本邸の申請書類を今週中に社長室によろしくね」
「了解っス。高間書店のリフォーム、外壁のサンプルがまだ来てませんが催促していいっスか?」
「仁科係長、営業の柿田主任から内線です」
「倉岸、これを近藤業務店に宅配で送ってくれ」
「桜井、設計から配筋図きてるか?」

響建築デザイン設計事務所、監理部成海チーム。
チームリーダーであり部長の成海柊吾率いる彼らは出社した時点から慌ただしい一日が始まっている。仁科係長は電話とパソコンメールの嵐で、町田さんは机上の書類やファイルに埋もれているし、桜井さんはパソコンの電源を立ち上げればすぐに図面とにらめっこ。私が入社するまで紅一点だった事務担当の倉岸さんも出社して給湯室でコーヒーをセットすると、デスクのパソコンメールのチェックをしながら他部署から届いた書類に目を通す。
私はまだ決まった仕事がないため朝から忙しいわけではないが、初出社日の翌日にチームの騒然な朝の光景を見てから、その翌日には二十分ほど早く出社してみたが成海チームのメンバーは既に前日と同じ状態に達していた。

──一体、この人たちは何時に出社しているのだろう。

そう思いながら「おはようございます」と挨拶をすれば、
「おはよう」
とちゃんと返事が返ってくる。
一番の新参者なのに誰も「遅い」と言わない。「遅くなってすみません」と倉岸さんに言えば、彼女は時計を見て「遅刻していないわよ」と笑う。
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