俺が優しいと思うなよ?
会社からの帰宅途中、通り過ぎていく都市開発の広がる更地をバスの中から眺めた。
──これから、何度もあそこへ通うことになるのだろうか。
ヴェール橘建築事務所で働いていた頃は、現場のことについては全て営業と現場監督が管理していたため、設計部門の私たちが現地へ赴くことはなかった。だから詳しい情報は彼らからしつこいくらい聞き出すしかなかったのだ。
でも、響建築デザイン設計事務所は違うかもしれない。まだ成海さんのチームしか関わっていないが、少なくともあの会社よりは良い環境であって欲しいと思った。
今の時代にそぐわない、古いアパートへ帰ってくる。
部屋のアルミサッシの窓を開けると、まだひんやりする風と一緒に藍色の空に浮かぶ駅前のビル群が視界に入ってくる。
私がこのアパートに住むと決めた理由。
毎日あのビル群を眺めて、あの辛かった日々を忘れないため。
私がわざわざビル群近くの駅のキヨスクで働く理由。
現実から逃げ出した自分を悔いることを忘れないため。
あの時、逃げ出さずに解決する方法があったかもしれない。その勇気の一歩が、私にはなかった。
たった一人の私ができたことは、ただ逃げることだけだった。
私は今でもヴェール橘で卑怯者呼ばわりされているかもしれない。
静かに窓を閉める。
来週からはあの成海柊吾と仕事をするのに。
こんな気持ちを持ち続けている私が、一体彼にどんなサポートが出来るのだろう。
月曜日の朝が怖くなった。