俺が優しいと思うなよ?


「三波」

肩を揺らされて、ハッと顔を上げた。
もう一度「三波」と呼ばれて、脳内でプツリと集中の切れた音がした。私の隣には成海さんが立って、怪訝そうに私を見下ろしていた。
「すごく集中していたから放っておこうかと思ったが、このフロアがお前だけになるから」
「……あ」
いつの間にか時間が経っていたことに気づく。
成海さんは私のデスクに散らばった紙を手に取った。
「デザイン、出来そうか」
少し期待しているような口調だ。散らばったそれらは、どれも頭に浮かんでは消えていった途中書きの教会たちだ。

成海さんの言っていることはわかるのに、私の頭は思考が止まったように真っ白だ。私に言った言葉なのに、「まだ出来ません」と言えなかった。
でも今まで一枚も描けなかった教会がここまで鉛筆を走らせることが出来たのだ。
ここで止まってはいけないと思った。

「か、描かなきゃ」
私は再び鉛筆を握る。
その手が自分より大きな手でそっと覆われる。
「落ち着け。まだ時間はある」
耳元で聞こえた低音ボイスが、私を宥めるように囁いた。ふっと力が抜けそうな声に気持ちが持っていかれそうになった。
自分に「しっかりしろ」と頭をブンブンと横に振った。今ここで描くことを止めてしまったら、自分の思い描く教会が浮かんでこなくなる気がした。

「お願い、描かせて」
「だめだ」
否定する彼を睨んだ。
「どうしてですか。私、散々成海さんを待たせているんです。ここで一枚でも描かなきゃ、私がここにいる意味がなくなってしまう……!」
プレッシャーに押し潰された私の本音が、掠れた声となり口から漏れ出した。

「そうだな」
彼の一言は、ガツンッと殴られたくらいショックだった。

──そう思っているなら、放っておいて欲しいのに。
成海さんを直視できない私は目を背けた。同時に握る鉛筆に力を入れた。
「だけど」
と、彼は言葉を繋げる。

「今、お前のすべきことは教会を描くことじゃない」
「え?」
突然何を言い出すのか、と私は唖然とし、彼は私の手を鉛筆ごとグッと持ち上げた。

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