俺が優しいと思うなよ?
成海さんは目尻を吊り上げ、額に青筋を立てて顔を近づけてくる。
綺麗な顔ほど怒る顔は怖いというのは、どうも本当らしい。顎を掴まれているので視線だけ逸らすのも限度がある。
「な、なむみ……さ」
「だからお前は勘違い女だというんだ」
彼の名前を言おうとすると遮られてしまった。
「いいか、もう一度だけ言うからよく聞け!俺と二条詩織は実家が近所で幼なじみだ。お互いに言い寄ってくる連中を黙らせるために恋人の振りをし始めて、途中からちゃんと恋人として付き合うようになった。このまま大人まで付き合えば、いずれ詩織と結婚するだろうと思っていたが、俺たちは詩織の留学が決まった時に別れたんだ」
──別れた?
キョトンとする私に気づいたのか、成海さんは私から手を離して座り直す。
「詩織と付き合っていた頃は気心の知れた仲だったから一緒にいても楽だったし、何より本当に楽しかった。だが、大学生になり将来のことを考えて、詩織はピアニストになる夢を叶えるために俺と別れて留学をした。俺も建築を勉強しないといけなかったし、詩織と別れたとしても幼なじみの関係は変わらないと思って別れることに応じた」
思い出を語るように、成海さんの声は静かに流れていく。
「でも簡単に応じたわけじゃない。俺の彼女である以上、詩織をちゃんと愛していた」
どくんっ。
彼の切なく話す声に、心臓が痛くなる。
成海さんは本当に詩織さんを大切にしていたんだ。
「だから詩織からの別れ話は、吐くほど苦しかった。詩織を過去と納得することに時間がかかった」
「成海……さん」
悲しそうな横顔が私へ向く。
「詩織がピアニストとして活躍するようになってすぐ、フランス人と婚約したと聞いた。詩織は既に俺を過去の男としていたんだ。そんな時同じ大学出身の響社長に出会った。そして彼から建築士としての仕事を教えてもらったおかげで、今の俺として生きることができた。詩織のことも過去にすることができた。それに今は……」
と、彼の腕が伸びてきて、今度は私の鼻をキュッと摘んだ。
「ふぁっ?!」
と、びっくりして成海さんを見上げた。
「お前という厄介な部下のおかげで、他事を考えてる余裕がないからな」
と、成海さんは意地悪そうに笑った。