春は微かに
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「先生。俺は、優しさなんて求めてないんです」
目の前に立つ彼は、3連になった左耳のピアスにそっと触れながら言った。
「先生は結婚するし、俺は一生徒でしかない。今もこれからも俺を好きになることは無いんですよね。だったらちゃんと 突き放してください」
彼から漂うシトラスの香りがあの人を……いや、先生を思い出させるのだと思っていた。けれど違った。その匂いが連れてきたのは、過去の私だ。
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『わかってます。先生にとって私はただの一生徒でしかないことくらい』
『だったらなんで急にそんなこと…』
『先生が言ったからです。振られるのが怖くて何もしないまま誰かに取られたらそれこそ人生失敗したと思わない?って、先生言いました』
『言ったけどそれは、』
『急じゃ、無いです。ずっとずっとそうだったのを言わなかっただけです。……でももう、ちゃんと諦めるので、けじめ付けさせてください』
結果の見えきった人生初の告白。ヘタレな私にサヨナラするための、最後のわがままだった。
「ちゃんと忘れたいんです。お願いします、先生」
先生を忘れないと新しい私を始められないと思った。失敗しないためには変わらなきゃいけないと思った。
『んなこと言ったってお前……』
『優しさなんかいらない。ちゃんと、突き放してください』
だから私は、この思い出に重くて堅い蓋をする決断をしたんだ。