アンチテーゼを振りかざせ
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「…保城さん。」
「すいません、お待たせしました…!」
「いえ、大丈夫ですよ。じゃあ行きましょうか。」
瀬尾さんは、私の会って話がしたいというメッセージに「分かりました。」と返事をくれた。
お店はどこか予約します、と送ると「行きたい場所があるので、そこでも良いですか」と予想外に質問を返されて。
たったそれだけで胸が結局高鳴る私は、本当にどこまで彼への気持ちを進めてしまったんだろう。
待ち合わせで指定された駅前で落ち合って、彼の誘導する方を後ろから黙って着いていく。
グレーのノーカラーシャツに細身のパンツスタイル。
気取っていない服装なのに様になって見える、猫背気味の気怠い彼。
少し距離のある私たちの間を、夏に別れを告げた金風がひゅう、と静かに起こって、夜はもう充分に寒さまで感じる時期になったのだと悟る。
薄手のベージュのカーディガンに、ハイウエストのチェック柄のタイトスカート。
下地を塗る前に、夜まで化粧崩れを防ぐためにハイライトは多めに。
チークはコーラル色のクリームタイプで、血色がよく見えるように。
リップは、ブラウンベースの秋色のものを薄めに塗って大人っぽく見えるように。
恋をするには努力するのが、当たり前だと思ってた。
"可愛い"自分でいるために犠牲は必要だと、そう思っていた。
それを認めてくれる人とばかり恋愛してきた。
だから。
私は自分から手を伸ばしたことが、無かった。
「…保城さん。」
「え…?あ、はい。」
「此処です。」
振り返って私を呼んだ瀬尾さんは、ふわりと笑う。
彼の指の先を目で辿ると、
「……え、此処ですか…?」
こじんまりとした、お世辞にも外観から綺麗とは言い難い、サラリーマンが既に集っている居酒屋だった。