アンチテーゼを振りかざせ
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あの居酒屋のある駅から、私のマンションがある駅まで電車で、ざっと20分ほど。
職場への通勤よりも近いその距離に、軽率にあの居酒屋へ通いたいな、なんて気持ちにはなるけど。
「紬、あのコンビニの近くに住んでんの?」
「……。」
それは自ずと、この男に出会う確率も上がってしまうということだ。
同じ電車に揺られ、当然のように同じ駅に辿り着いた男は、夜道を歩く私の隣で平然とそう問いかけてくる。
「いつもこの道歩いてんの?暗いし危ないな。」
「……なんで着いてくるの。」
「え、まさか今更警戒してんの?」
「………」
そうだ。
本当に今更だけど、この男が安全だという保証もどこにも無いんだった。
何も言わない私に軽く笑った男は、そのまま歩道と車道を隔てるガードレールへとゆらり身体を預けた。
「疲れた。ちょっと話そーよ。」
「……何に疲れたの。」
まだ駅を出て、歩き始めて2分も経っていない。
このままこの男を置いて帰る、そう決めて足を進めようとすると
「誰かさんが勝手に帰ってて、店からあの駅まで全速力で走ったら案の定絡まれてたから、疲れたんだと思う。」
「………。」
人懐っこい笑顔を浮かべて、車が傍を駆け抜ける度にアッシュがふわりと靡く。
そんな男の様子がやけにスローモーションに見えて、私は足取りを止めてしまっていた。
「……あの。なんで?」
短い質問でも、私の意図は伝わったらしい。
もたれた姿勢のままの男は、
「紬が会社の人達と来た後、あの男何回か店に来てたから。今までそんなに見かけたこと無かったし、毎回誰か探してる風だったし。
こっちがそれなりに注意してんのに、あんたひょっこり来て生ビール飲んで喜んでるし。
案外、隙あるよね。」
クツクツと笑う男の表情は、古びた街灯はあてにならず、定期的に目に入り込む車のヘッドライトを頼りにしか確認出来ない。
「…クーポン渡してきたの誰よ。」
「だって俺に会いに来ては欲しかったし?
まあ胡散臭い男に釘も刺せたし、結果オーライ。」
言ってることが無茶苦茶だと顔を歪めても、全く気にしていない素振りしか見せない。