アンチテーゼを振りかざせ
「…私は、あんたみたいに軽くない。
そんな恋愛する時間も無い。」
未だ鋭さを保つ声で、誰に向けてだか、言い聞かせるように告げれば目の前の男は、小首を傾げる。
「…時間?」
"今から誰かと出会って、そこから付き合ったりして、その後のこととか考えたりしてたら…え、思ったより時間無いわってこの間思ってさ。"
杏が言っていた言葉は、その通りだから。
「…この歳になったら色んなこと考えて、慎重に進むのが普通なの。」
「歯止め効かず、瀬尾さんに恋してたのに?」
「……。」
この男は軽やかな声色のくせに、本当にこちらが返答しにくいことを脈絡無く発する。
その居心地の悪さに顔を歪めていれば、あっという間に男は私との距離を詰めた。
「恋愛って、計算とか出来ないでしょ。」
そしてまた気まぐれのように、あくまでも常識かのように、定説をこちらへ投げ込んでくる。
まともに返答するのをやめ、立ち去ろうと決めたその動きを阻むように、す、とこちらへ差し出された紙。
見覚えのあるそれは、あの居酒屋のクーポンだった。