エリートな彼の好きな女 ~ウブな秘書は恋愛をしたくないのです~
だめだ。この人に今何を言っても通じない。
聞いてくれない。
目の前の彼は、さっきまでの岩倉くんじゃないんだ。
私が信じて疑わなかった彼じゃない。
社長が言っていた、酷い男なのだ。
私は社長を信じなかった。
今私が彼に感じているように、あの時社長は思ったのかもしれない。
『この人に何を言っても通じない』と。
だからああして、距離をとったんだ。
それでも私を心配していた。
社長は今日の今日まで私を心配して、気にかけてくれていた。

それを私は聞き入れなかった。
社長の忠告を無視した私が悪い。
今こうなっているのは私のせい。
だから〝助けて〟なんて思うな。
逃げるなら自分で、自分の力で……!

「離して!!」


自分がこんな力を出せるなんて知らなかった。
こういうのを、火事場の馬鹿力って言うんだろう。

両手首を思い切り引っ張ったせいで痛い。
ちぎれるかと思った。
私は地べたに落ちたバッグを拾い、岩倉くんに向かって思い切り投げつけた。
顔面に命中したのを確認して走りだす。

まだいるだろうか。
いてくれるだろうか。

一心不乱に走り続けた。




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