身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない

『美桜、はっきりと言え。断られた理由を教えてもらえないと俺も納得ができない』

 強めの口調に私の体が強張る。

 気が付くと瞳には涙がたまり視界がかすんでぼやけていく。スカートを握りしめる手の甲にポタンと雫が一滴落ちた。

 もしも、あの噂さえ知らなければ……。

 私は今、柊一さんのプロポーズを純粋によろこべて、すぐにうなずいていたはずなのに。偶然とはいえ、あんな噂を聞かなければよかった。

 いや、聞いておいてよかったのかもしれない。知らないままだったら、私は柊一さんの輝かしい未来を奪っていたことになる。

 柊一さんは、私を選んではいけないんだ。

『柊一さんは、私のことなんて忘れて、別の人と幸せになってください』

 伝えたいことはたくさんあるけれど、これ以上ここにいたら泣いてしまいそうで、私はなんとか涙をこらえて早口で告げた。

 立ち上がった私はバッグとコートを掴むと、急いで個室を飛び出す。

『待てよ、美桜――』

 柊一さんが私を呼び止める声が聞こえたけれど振り向かなかった。


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