【完】片手間にキスをしないで
───……バカじゃねぇの。
〝どちら〟に向けた言葉か、今はあまり覚えていない。焼き付いているのは、階段の踊り場ですれ違った少女の名札。
『ペット……』
肩につかないほど短い髪。ひょろりと伸びた背丈に、長い手足。くっきりと存在感のある眉。
名札の縁が赤くなければ、女子だと気づけなかっただろう。それほどに、当時の顔立ちは中性的にも思えた。
〝泉沢 夏杏耶〟───……ああ、バカの子か。
すれ違いざま思い伏せながら、奈央は階段を駆け上がった。声が震えていようと、涙が零れようと、掬う義理はなかった。
『上手に、できなかったからかなァ……』
代わりに(やっぱりバカだ……)と心から思った。
明らかにお前の悪口言ってただろ。チョコレートの出来じゃなくて、バレンタインにお前からチョコを貰ったから、あいつらは───
と、横から口を挟むようなことはしなかった。