【完】片手間にキスをしないで
夏杏耶は放心状態に陥り、地面を這いつくばるクワガタを、力なく見据えていた。
『お前を好きになる男なんて、一生現れねぇよ』
西名の放った言葉が、いくら爪を立てようと。
『うわっ、つーかこいつ毛深くね? きたねぇから隠しとけよ、足』
頭の上から砂をかけられようと。泥団子で肌を撫でられようと。彼女は涙のひとつも、流さなかった。
ドサッ───!!
『……ッ?! いっ、てぇ……何すんだよ!!』
怒りを向けたのは、地べたに張り付いた彼女の代わり。否、たとえ彼女が抗おうと、奴らの腹に蹴りをいれていたはずだ。
『制裁』
そう放った時の自分の頭は、信じられないほど冷え切っていて。代わりに心の奥は、経験がないほど震えていた。
『奈央ー、どうする?全員やる?』
『だから、お前は帰っていい。俺ひとりで十分』
『アハハッ、まぁいいや。勝手に援護しちゃお』
隣の、軽薄な笑い声すら届かないほど、震えていた。