【完】片手間にキスをしないで
全身を覆う黒い服───文様をとらえることはできないが、うつ伏せになったその背に、金字で何か描かれていることは確かで。
「悪い……コレ、任せた」
「えっ、は?冬原さん?」
奈央は手錠を静に託し、ゾクリと悪寒に撫でられながら足を回した。
なんだ……気持ち悪い。根拠もなんてねぇだろ……なんで、いま〝あいつ〟が浮かぶんだよ。
黒の特攻服。背には『不倶戴天』の文字を囲うように描かれた、牙の画。
───『僕は、きっと君を忘れない。また君の前に現れるよ。現れて……君の血を、拭ってあげる』
ぼんやりとした記憶の破片。血なまぐさい過去。
這わされた地面から見上げた背には、その、金色の刺繍が施されていた。
「ハァ……ッ」
加速する。息が上がる。ぼうっとする。脳に酸素が足りていないことがわかる。そうしてようやっと、息を吸う。
あの頃の───初めて恐怖を感じたときの風景が、砂嵐の合間で蘇える。