【完】片手間にキスをしないで
首を傾げる夏杏耶を他所に、静は先を行って振り返る。その流された視線に、不覚にも胸がドキリと鳴った。
いや。ギクリ、の方が正しいかもしれない。何かを見透かしたように、彼は目を細めたから。
「俺にも、まだチャンスはあるってことか」
「……は?」
そして再び、呆けたままの夏杏耶を放って、クラスメートに溶け込む静。
その横顔は笑っていて、でも頬は引きつっていて。なんだか、昨日の自分を見ているようだった。
昨日───そうだ。私、奈央クンに。
「……キス、してくれるかな」
夏杏耶は唇に指を添える。
静が悲し気に笑ったわけも、昨日あんな条件を突きつけた自分の気持ちも、解らない。
解らないまま、刻一刻と過ぎていく時間。1日がこんなに早いのなら、夏休みなんてもうすぐに───
「天の川……見えないなぁ」
その夜、お風呂上り。夏杏耶はベランダで一人、彼を待ちわびた。
「ただいま」
遠ざかるのは自分なのに、どこか遠く離れていってしまいそうな、恋人を。