【完】片手間にキスをしないで
──────……
その夜は、とても静かだった。いつもは虫の音がチロチロと耳を撫でるのに、今日ばかりは違った。
それなのに、眠気は一向に訪れない。
「また眠れない……」
でも、あれ……?
もぞもぞ、と寝返りをうった後、扉の向こうへ意識を向ける。
カンカンカンカンッ───。
外が静かなせいか、鮮明に響く金属音。それには時々、聴きなれた機械音や流れる水の音が入り混じる。
そっか……たぶん、キッチンからだ。
「……」
どうしたんだろう、こんな時間に。いつもならリビングで、すでに寝ているはずなのに。いや、まさか幽霊なんてことは。
そこまで考えて、夏杏耶は思い切り目を瞑った。そして、再び巡らせる。
……そういえば、私は意外と怖がりな方なんだっけ。今まで何も感じずにいられたのは、きっと、扉の向こうに彼の気配があったから。
離れて暮らしたら、もうその気配に頼ることも出来ないんだ。