【完】片手間にキスをしないで
◇
午後7時。週初めにも関わらず『さめじま』には人が集っていて。
夏杏耶はその横を通り過ぎながら、部活の名残で「よしっ」と拳を握りしめた。
放課後は諸々あったけど、きっと大丈夫。そう気合いを入れ直しながら。
「ただいまぁ……」
「おかえり」
しかし、早くも固く結びつけた決意が揺らぎそうになる。キッチンから『おかえり』と目配せする彼氏が、破壊力満点だったからだ。
ほんとう……心臓に悪い……。同居が始まってまだ3日。不意打ちの『おかえり』に、馴染めるはずもない。
「奈央クン……ただいまっ」
「なんで2回言うんだよ」
「そこはぜひ、おかえりで……」
「さっき言った」
「ですよね」
ああ。録音しておけばよかった。
妙なところにツボを押されながら、夏杏耶はもう一度拳を握りしめる。
本当は、このまま。機嫌を悪くさせたくなんてないけれど───
「奈央クンって、お菓子作るのが好きなの……?」