【完】片手間にキスをしないで
決意が揺らがないうちに、問いかける。
奈央は野菜を切る手を止めて、こちらに視線を向けた。
「好きとか嫌いとかで、やってるわけじゃない」
存外、冷静な口調で彼は言う。
手元の食材を見るに、今日は回鍋肉かな——と、夏杏耶は思考の端で巡らせた。
そういえば、こうして当たり前のように料理ができることも、手際が良いことも、今まで知らなかったな……。
「でも……じゃあ、どうして?」
「別に」
「別に、じゃ分かんないよ」
「分かる必要なんてねぇだろ」
「……っ、ある!」
再び包丁を握ろうとする手を掴み、彼を見上げる。至近距離で捉えた瞳は、心なしか揺れているように見えた。
「お前……危ないだろ」
「指の一つ切ったって、全然平気だもん」
「そんなんだから怪我すんだよ、この前も」
「だから、平気だもん……奈央クンと、近づくためなら」
水気を含んだ手を、乾いた自分の手に絡める。滴る。