身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「ただいま」

 成さんが帰宅してきた。時計を見れば、もうすぐ十一時になりそうなところ。

「おかえりなさい。食事用意しておくので、よければ先にお風呂に」
「いいの? ありがとう」

 成さんは疲れて帰ってきても、不機嫌な態度を取らない。
 いつも変わらず笑顔を見せて、感謝の言葉も忘れずにいてくれる。

 そんな彼だから、私も多少時間が遅くても帰りを待って、なにかしてあげたいなと自然に思える。

 その後、成さんは食事を終えてすぐダイニングテーブルでノートパソコンを開いた。

「ごめん。少しだけ仕事があるから、先に休んでて」

 キッチンで明日の朝食の準備をしていた私は、「はい」と答えたものの、なんとなく先に寝る気になれなかった。

 ふと、今日の友廣さんとの会話思い出す。

「自宅でまでお仕事するの大変ですね。差し支えない範囲でいいんですが、今はどんなお仕事をされてるんですか?」
「うーん。そうだなあ。今はコンサルティングのような業務かな。お客様へ現状の問題の改善点とか提案したり」

 私はキッチンを出て、成さんの向かいの席に静かに座る。

「へえ。それって、もちろん一社や二社じゃないですもんね。時間がいくらあっても足りなそうな……」

 前に成さんは部署を代表する立場だと聞いた。だとすれば、やっぱり仕事も多岐に渡って量も多そうだもの。

 成さんは指を動かしながら答える。

「確かに大変だけど、こうして信頼を築き上げていくのが一番だから。まあ、昔営業担当していた時とか、結局経過よりも結果を重視されて辛酸を嘗めたものだよ」

 成さんにも、そういう時期があったんだ。勝手に生まれながらのエリートで失敗もしないイメージを作り上げていた。

 なにもせずに今があるわけじゃないよね。彼も努力してここまできたんだ。

 そう思うと余計に、彼が漏らした苦々しい過去が自分のことのように悔しくなる。

「結果が大事なのはわかります……でも、私はそこまでの経過も大切にしたいな」

 だって、当時にうまくいかなくても、その経緯があって現在に繋がってるはず。

 私がぽつりと零した言葉に、成さんは苦笑交じりに言った。

「梓みたいな人ばかりならいいんだけどね」
「じゃあ、家では私が成さんのこと見てますから」

 私の理想論だとわかってる。
 それでも、私には金融機関の世界は理解できなくたって、成さんという人に寄り添うことはできると思うから。

「頑張ってるところ、ちゃんと見てます」

 そういう人がひとり近くにいたっていいじゃない。

 私が図々しくもそう宣言すると、成さんは眉尻を下げて笑っていた。
< 108 / 170 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop