身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「まあ気が済めば、あっさりしてるものなので」
「はあ……」

 気が済めば……って言われても。
 こっちはその間、ずっと落ち着かない。

 彼の口ぶりから察するに、これまで夕花さんは、今回のような突拍子もないことを色々してきたのかもしれない。
 剛士さんもそれに慣れてしまったのかな……。

 そのとき、私はくしゃみをしてしまった。

 この時期、日中は薄手の服一枚で過ごせる日もあるものの、急な展開で軽装のまま出て来てしまったから。
 しかもここは屋上だから風もあって、ちょっと冷えたのかも。

「あ、すみませ……」

 肩を窄めて謝るや否や、ふわっと肩にスーツの上着をかけられた。
 成さんとは違う男の人の香りにどぎまぎする。

「私は大丈夫ですから。紀成さんも寒いでしょうし、お気遣いなく……」
「いいえ。どうぞそのまま」

 私が上着を返そうと手を動かしたら、パシッと手首を掴まれて阻まれた。
 あまり何度も遠慮しすぎるのも失礼かなと思って、渋々あきらめる。

 暖かくはあるけれど、慣れないシチュエーションにそわそわしてしまって落ち着かない。

 目のやり場を探していたら、ふと剛士さんに観察されているのに気づく。
 じっくりと見つめられていて、ドキリとした。

「あの……?」
「あ、失礼しました。見過ぎちゃいましたね」

 困り果てて堪らず声をかけたら、彼は相好を崩す。
 それでも私は警戒心を緩めず、剛士さんを窺っていた。

 剛士さんは、相変わらず私と目を合わせ続けながら言った。

「いや。夕花が横やり入れるってわかってるのに、動揺したり怒ったりしないんだなあって」

 彼は感心している様子だった。
 同時に、ほんのわずか、さっきまでの堅苦しいムードが変わったのを感じる。
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