身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「なんかごめん。まさかそういう展開にまでなるとは思っていなく……て」

 剛士さんはおずおずと謝って、私の顔を覗き込んできた。

 瞬間、私はひどく混乱している感情を見抜かれそうで、パッと身体ごと背けた。……が、どうやら遅かったらしい。

「え……。もしかして時雨さんって鷹藤さんのこと本気で……」

 私のショックと後悔を察した彼は、驚きを隠せずにそう呟いた。

 エレベーターが一階に着き、私はすぐさま降りて足早にホテルを後にする。

 今ではもう、さっきのふたりの光景にすっかり意識を奪われて、大事にしてたストラップリングのことすら頭から抜け落ちていた。

「時雨さん。時雨さん、待って」

 しつこく追いかけてくる剛士さんに、またもや肩を掴まれた。

 もう今日何度目だろうか。
 私は苛立ちにも似た思いを抱き、足を止める。

「俺、てっきり……彼とは気持ちの伴わない婚約をしているとばかり……」

 もしそうだとして、今回の行動はかなりのお節介だと思う。
 私が無言を貫くと、剛士さんは乾いた笑いを漏らす。

「……なんだ。じゃあ、これを手にして時雨さんの綻んだ顔を、当然あの人は知ってるのか」

 彼の話がよく理解できず、軽く眉根を寄せた。
 剛士さんはポケットからさっき一度返してくれたリングを取り出し、私の手に握らせる。

「意地悪をしてごめんね」

 剛士さんに立腹していたけれど、なんだかそれももうよくなった。
 ただ、虚しさだけが残ってる。

「本当です。見なくてもいいものを……見ちゃったじゃないですか」

 私が答えると同時に剛士さんに抱き寄せられた。
 この期に及んで私はまた隙を見せてしまっていたみたい。

 成さんとは違う感覚を抱きながら、剛士さんの少し速い心音を感じる。

 まだ頭の中が整理できていないうちに、彼は私の旋毛にキスをした。

「なっ……ちょ……」
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