身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
 公演が終わった頃には、すっかり舞台に魅了されていて、ほかのことなど忘れてしまっていた。

 ホールを後にした私は、興奮冷めやらぬ状態で話しかける。

「すごく面白かったです! 席も良くて演じてる人の表情も見えましたし」

 今日までミュージカルを知らなかったのが勿体ないと思うほど。
 今の上演作は映画で知っていた作品だったのもあって、すんなりとストーリーに入り込めたのもあるかもしれない。

「そうですね。楽しかったみたいでよかった」

 成さんもまた満足そうに目尻を下げる。
 私たちはエレベーターは混雑していたので、エスカレーターに乗った。

「お腹が空きましたよね。なにか食べに行きましょう」

 彼の言葉で我に返る。

 私、普通にデートを楽しんじゃってるじゃない。

 自分で自分に驚いていたら、エスカレーターの降り口に気づくのが遅れて足がもたついた。
 成さんが慌てた私の腕を掴み、助けてくれる。

「ご、ごめんなさい」
「大丈夫? 気をつけて」

 怪我をせずに済み安堵するのも束の間、さりげなく手を繋がれて思考回路がパンクしそうになる。

 どっ……どうしよう。あまりに自然な流れで握られたから、さりげなく距離を取ることもできなかった。めちゃくちゃ緊張するんだけど。

 自分の手なのに、自分のものではないような感覚。握り返すのもおかしいし、そうかといって力を抜きすぎるのもあからさまに嫌がっていると捉われかねない。

 きっと、単純に私がさっき危なかったから補助的な意味で繋いでくれているんだ。
 そう。深い意味のないやつだよ。

『無になれ』と心の中で唱えているうち、一階に着いた。
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