身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
 仕事が終わり、オフィスを出たのは夕方六時頃。

 ちょうど陽が落ちた直後。十月初旬の夜ともなれば、もう肌寒くなってきた。

 私は電車を待っている間、スマホを取り出して成さんへメッセージを送る。

【これから帰ります。夕食はいりますか?】

 これはいわゆる業務連絡だ。ルールに則った私の義務。
 すると、思ったよりも早く返信がくる。

【お願いしていいかな。こっちももうそろそろ帰宅する予定だよ】

 業務連絡と思ってはいても、こういったやりとりは当然初めてで、なんだかそわそわと落ち着かない。

 まるで同棲している恋人みたい。……いや、実際かたちとしてはそうなんだよね。

 言い表し難い感情が胸に残る。
 面映ゆい反面、単なる疑似体験なのにうっかりドキドキしそうな自分を嘲笑する。

 そこに電車がホームに入ってきた。
 車輌に乗り込んだ直後、手の中のスマホが振動する。

【一緒に食べよう】

 追加で送られてきたひとことに、ドキッとする。どうにか平常心を保って、車窓に視線を移す。

 確かに、生活をともにするとお互いについてを短期間で知れるのかもしれない。

 私たちの出会いは私が友恵ちゃんの代わりだったため特殊だし、時間をかけて付き合うよりはてっとり早いのだと、なんとなくわかった気がする。

 成さんの第一印象は〝紳士な人〟で、次に〝二面性のある人〟に変わった。

 狡猾に私と一緒に暮らす方向へ持っていかれた時は驚いた。
 でもすぐに、彼は悪い人ではないってなんとなくわかった。

 日常生活でも挨拶をしたり、食事を作ればお礼を言ったり。片付けも私任せじゃなく、一緒にしてくれて、心地よい生活を送れている。

 たぶん基本的には初対面に感じたままの人。

 時折、ふわっと柔らかく微笑まれると、うっかり見惚れてドキドキする。

 それと、さっきみたいにメッセージのやりとりでも彼の人柄は現れていて、常に相手への気遣いと感謝を忘れない男性なのだと思う。
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