身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
 まずは有名観光スポットへ。

 白糸のごとく流れ落ちる滝と周りを彩る紅葉のコントラストが見事で、圧巻だった。
 確か小さいときに何度か訪れたはずだが、大人になってからだと自然の素晴らしさに感動する。

「写真と実物とは迫力が違いますね」

 都会には見られない紅葉のパノラマと水の音が心を浄化してくれる。

「色も音も香りも、実際に足を運ばないと得られないものばかりだからね。ニューヨークへは行ったことある?」
「いえ。昔、家族でロサンゼルスには行きましたがニューヨークまでは行ったことがなくて」
「そっか。セントラルパークの紅葉もすごくいいよ。今度行こうか」

 今ごく自然に言ったけど、当たり前のようにニューヨークへ『今度行こう』って誘われたらどんな反応をしたらいいのか……。

 私にとって、現状の関係は契約的なもの。期間限定だって思っている。
 そんなふうに迷いなく誘われると、もう未来は決まっているみたいで困惑する。

 成さんを見れば、冗談を言った感じには見受けられない。
 優しい表情を浮かべ、ただ私を想って言ってくれたとしか思えない。

 この人はなぜ、出逢った直後からこうやって前面に好意を見せるのだろう。
 いや。なにかしら目的を遂行するための戦略かもしれない。

 面映ゆい期待と警戒心がせめぎ合う。

 結局、保守的な感情が勝って私はさりげなく話題を逸らした。

「で、でもさすがシーズンとあって賑わってますね。道路も混んでますし」

 成さんは不可解な言動が多すぎて、経験不足の私には手に負えない。
 愛想笑いを浮かべる私に、彼はさっきの話を掘り下げることなく受け流してくれた。

「そうだね。そろそろ移動しようか」
「ですね」

 ほっとして踵を返した際、足元にハンカチが落ちてきた。
 私はクリーム色のハンカチを拾い上げ、今しがた横切っていった老夫婦のものに違いない、とすぐさま肩を叩く。
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