身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
 和の要素も取り入れた上品なフレンチ。地産地消に取り組んでいて、味も一流の人気店――だったらしい。

 あの後、私は成さんにお願いをして、私たちが利用するはずだった個室をあの老夫婦に使ってもらった。

 当然、急な申し出に老夫婦のふたりも驚いて遠慮したんだけど、そこはうまく『時間がなくなってしまったので』などと気にさせないような理由をつけて譲った。

 慣れない土地で渋滞にも巻き込まれ、大変そうな様子のふたりをどうしても見過ごせなかった。

 まったくかかわりのない人たちだったら、そこまで思い切った行動は取らなかったとは思う。
 けど、昼間に言葉を交わして同日に二度も遭遇したら、なんだか縁がある気がして。

 ……と、それはあくまで私の気持ち。

 成さんの意見もきちんと聞かずに、一方的にお願いをしてしまった。

「あの……本当にすみませんでした。冷静に考えれば、成さんがせっかく用意してくださっていたお店だったのに……つい我慢できなくなって」

 移動中、私は首を竦めて成さんに謝った。

 レストランで私がそれを提案したとき、成さんは目を丸くして固まっていた。
 それから、ひとつ息を吐いて『仕方がないね』とひとこと呟き、スタッフに話をつけてくれたのだけど。

 いくら紳士的な成さんだって、わざわざ予約していたレストランを他人に譲ってほしいだなんて言われたら怒るよね。
 いや、きっと怒りを通り越して、呆れてものが言えないかもしれない。

 よりによって一泊旅行中に、自ら気まずい空気を作っちゃうなんて。
 明日までどうやって過ごそう……。

 どんよりした気持ちでうなだれていると、運転席の成さんがぽつりと尋ねてきた。

「さっきの判断、後悔してる?」

 その質問はどんな回答を望んでしたものなんだろう。
 成さんの横顔を見ても、答えはわからない。

 私は重い口を開き、正直な心境を吐露した。
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