身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「ありがとうございます。素敵なところに連れてきてくださって」

 昼間の疲れや夜の寒さも全部飛ぶくらい、心を奪われるなんてそうそうない。

 自然と感謝の言葉が口から出た後、成さんが私を見つめて言った。

「俺の好きな場所に好きな人を連れてきたかった。それで梓さんも気に入ってくれたなら、こんなにうれしいことはない」

 瞬間、冷えた風が頬を撫ぜていった。
 しかし、私は車を出た時に感じたような寒気も感じないのは、たぶん彼の双眸と言葉で火照っているから。

「どうして、そういうことをさらっと……」
「え?」
「それじゃあ、まるで――」

 そこまで言いかけて我に返った。

〝まるで、本当に私を好きみたいじゃない〟

 こんなセリフを言ってしまったら、どんな答えが返ってきても戸惑うだけだもの。

 ……ううん。お見合いの席で一度会っただけの私を、迷いなく選ぶことが未だ信じられない。
 鵜呑みにしてたら絶対痛い目を見る。

 どうにか取り繕おうと必死に考えを巡らせている時に、身体がぶるっと震えてくしゃみが出た。

「ごめん。寒かったよね。もう戻ろうか。車までこれ着てて」

 成さんはスマートに自身が着ていたコートを脱いで、私の肩にかけてくれた。

「えっ。いえ、大丈夫です。すぐですし」
「いいよ。梓さんが着てて。俺、体温高いから平気なんだ。ほら」

 刹那、彼が私の手を掬い上げ、きゅっと握った。

 指先まで冷え切っていた私の手は、彼の手の温もりに包まれる。
 温かさに安心するよりも、動揺と高揚で思考はパンク状態。

 言葉も出て来ずどぎまぎしていると、成さんはたおやかに微笑んでそのまま私の手を繋いだ。

 肩にかけられたコートから微かに成さんの香りがする。

 鼓動が速くなる。触れられている手が緊張で震えそう。

 こんなの、意識するなって言うほうが無理――。
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