身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
 踵を返す彼を、私は無意識に見上げていた。
 私の視線に気づいた成さんは、足を止めて目を合わせる。

 たゆたうキャンドルが彼の真剣な瞳を煌かせる。
 私の心まで揺らめいて、目が離せない。

 固まっていたら、成さんはそっと私の頬に手を添えた。
 それでもなお、私は指も足も、視線すらも動かせない。

 わかるのは、自分の胸がドクドクと高鳴っていることだけ。

 柔らかな炎の灯りに照らされた精悍な顔が、おもむろに近づいてくるのがわかった。

 わかっていても、私は彼を避けず……気づけば静かに受け入れていた。
 その時、私は確かに彼に口づけられていた。

 私の冷たい唇を溶かすほど、熱い唇。

 薪ストーブを思い出す、心が落ち着く温かみに数秒酔いしれる。しかし、はっとして、私は咄嗟に彼の胸を押し返した。

 困惑していると、成さんは繋いでいる手をグイッと引き寄せ、真剣な眼差しを向けて言う。

「……この前、忠告したよね?」

 成さんのひとことにギクリとする。
 あの夜の記憶は、成さんの前でずっと忘れたふりをして過ごしていた。

「そ、それは……」

 だって、成さんが魅力的過ぎるから。さらに、平然とドキドキさせる言葉ばかり並べるんだもの。翻弄されても仕方ないじゃない。

 心の中ではそうやって言い訳を呟けていても、実際にはひと声も出せない。

 せめて顔だけは背けないでいようと、懸命に成さんを見ていた。

 雰囲気に流された。それだけ。
 ……と思いたかったのに、どうして今でも胸が高鳴っていくの。

 つい先ほど、彼へ問い質そうとした言葉を思い出し、自分に当てはまるのに気づいて狼狽えた。

〝まるで、本当に私が彼を好きみたい〟――。

 感情が昂っていて瞳が潤む。

 次の瞬間、彼が私の顎に指をかけ、クイッと顔を上向きにさせた。
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