身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「……梓。そんなに怖がらないで。なにもしないから、目を開けて?」

 私はゆっくりと瞼を押し上げ、真横に座る成さんを見た。

「どうやら俺だけ舞い上がってたみたいだ。ごめん」

 彼は気まずそうに笑った。

 舞い上がっていたわけではないにしても、私も意識していた。

 そうはいっても、彼の言葉を簡単に否定はできない。だって、彼を受け入れることになる。

 ここで距離を取れば済む話。
 あくまで疑似恋人であって、私は身代わりで、結婚なんかしないのだから。

 成さんの策略にはまらないようにして、縁談話をうまく破棄して……。

 ぐるぐると考えを巡らせていくうち、今日一日一緒に過ごした時間を思い出す。

 観光してる時も、落し物を拾ったお礼をもらった時も、レストランの予約を譲ってあげたいとお願いした時も……教会で私が感動していた時も。

 成さんは全部包み込むような温かな笑顔で返してくれた。
 そんな彼に、今、悲しげな顔をさせてしまっているのが申し訳なくなる。

 彼は私のために、いろいろとしてくれたのに……。

 複雑な思いが絡み合って、私は自然と彼の袖口を摘まんでいた。

 直接触れるのは憚られる。だからって、黙っているのもできなくて。

 この感情の名前はなんなのか、よくわからない。

 私は自分の心だけでなく、この後どうなるかもわかっていなかった。

 瞬間、肩を押されて上半身を倒される。
 あっという間に視界が変わり、成さんに見下ろされている現状にまだ頭がついていっていなかった。

 成さんは私の両手を捕らえ、怜悧な瞳で諭す。

「梓。半端な同情は、危険に晒される可能性があるって覚えておいたほうがいい。それとも、さっきの続きをしてもいいの?」
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