身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
 マンション到着してもなお、私たちはひとことも交わしていなかった。

 成さんが解錠し、玄関に入る。成さんは先にリビングへ行ってしまった。

 私も靴を脱いでリビングの入り口まで歩みを進めたものの、中に入るのを躊躇した。
 ここへ入れば、否が応でもさっきの続きが始まってしまう。

 いまさら抵抗したって何の意味もないと、冷静な頭ではわかっている。
 でも理屈じゃなくて、彼と話し合うのが怖かった。

「なにしてるの? 早くこっちへ」

 成さんに声をかけられても、足が素直に動かない。
 そうこうしているうち、成さんが私のもとへやってきて腕を掴み、そのままリビングに連れられて、やや乱暴にソファに座らされた。

 成さんはスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めて引き抜いた。
 その音がやけに耳について、肩を竦めた。

 怒ってる。
 だけど、もはやなにに対して立腹しているのか、頭の中が混乱してしまって落ち着いて判断できない。

 両膝に手を置き、息を潜めて出方を待つ。
 この時間がとてつもなく長く、苦しい。

 すると、成さんの足が静かに近づいてきて、目の前で止まった。

「さっきはものすごく驚いたよ。昨日の梓の様子がどうも気になって迎えに行ってみれば……友恵さんと俺が結婚するって、どういうこと?」

 蛍光灯を遮られ、彼の影に覆われる中、必死に喉から声を絞り出す。

「そ、そうなるはず……だったから、つい」

 はっきりと、『ふたりが結婚する』とは断言していないとはいえ、同様のことを稲垣さんに話した。

 軽率だったと反省する半面、それ以外に私と成さんの関係を欺く方法が浮かばなかった、と心の中で言いわけする。
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