8度目の人生、嫌われていたはずの王太子殿下の溺愛ルートにはまりました~お飾り側妃なのでどうぞお構いなく~
 彼の居住区から抜けようとしたとき、金切り声とロジャーの声が聞こえてきた。

「だから、お見舞いに行こうとしているだけよ」

「こちらで預かります。今オスニエル様は休んでおられますので……あ、フィオナ様」

「ロジャーさま。いろいろお手数をおかけしました」

 フィオナは、慌てて駆け出してきたこともあり、顔が火照っていて息も荒かった。やや涙目で、妙に扇情的だった。
 ロジャーはごくりと喉を鳴らし、「オスニエル様と何か……?」と思わず尋ねてしまった。
 聞くや否や、ジェマ嬢がいきり立つ。

「なぜあなたがオスニエル様の見舞いを許されているの? 私が駄目なのに?」

「フィオナ様はオスニエル様のお妃ですから」

「私だって正妃候補よ?」

 再び、ジェマとロジャーの攻防が始まる。フィオナは、彼女を見てようやく落ち着いてきた。頭に集まっていた熱が、引いていくようだ。

(そうよ。オスニエル様の正妃となるのはジェマ様だわ。さっきのキスは……オスニエル様の気の迷いよ。きっと寝ぼけたんだわ)

 自分がすべきことは、目立たず、騒がず、ただ側妃としておとなしくすることだ。

「ジェマ様。オスニエル様はまだ熱が下がっていないご様子でしたわ。今は休ませて差しあげた方がいいかもしれません」

「じゃあなんであなたは面会してきたのよ」

「それは、……報告があったのです。今日の孤児院での出来事を伝えなければと思いまして」

 あたりさわりのない理由を捏造したが、ジェマは納得していない。ロジャーは不満げなジェマにほとほと困り果てている様子だ。

(困ったなぁ)

 フィオナはふと、ジェマの持っているものが気になった。小ぶりのバスケットだ。心なしかいいにおいがする。

「ジェマ様、それは」

「これは、オスニエル様へのお見舞いの品です。私が作ったんですのよ」

「まあ……」

 手作りの食べ物を王太子に贈るのは、いささかマナー違反だ。小分けにされたものひとつひとつがしっかり毒見がされ、本人にはひと欠けらしか残されない可能性だってある。

「では、これをロジャー様に預ければよろしいのではありませんか。眠っているオスニエル様を起こすのは忍びないでしょう」

「ちょ、離しなさいよ」

 フィオナはジェマからバスケットを奪い、ロジャーに渡した。そして彼女の腕をとって、すたすたと歩きだす。
 ロジャーは感謝の意を込めてフィオナを見送った。

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