8度目の人生、嫌われていたはずの王太子殿下の溺愛ルートにはまりました~お飾り側妃なのでどうぞお構いなく~
「離しなさいよ!」

 ジェマはフィオナの予想以上にか弱かった。フィオナも深窓の令嬢ではあるが、子供のころから山を徘徊するようなお転婆だ。基礎体力はある。
 しかし彼女は生粋のお嬢様のようで、フィオナが引っ張るだけで抵抗もできずについてきていた。

「ジェマ様の侍女はどこですか?」

「離しなさい! もうっ」

 フィオナの手を弾いて、ジェマが目を吊り上げる。

「無礼よ! 私を誰だと思っているの? リプトン侯爵家の娘よ? あなたみたいな蛮族の娘に触られるなんてまっぴらだわ!」

 フィオナはすうと自分の気持ちが落ち着いていくのを感じる。

 ジェマがあまりに無礼すぎて、怒りを通り越して冷静になる。
 彼女の思想がどうであれ、対外的にはフィオナは隣国の姫であり、オスニエルの正式な結婚相手だ。つまり他国の姫から、王太子妃になったわけである。どの時点であっても、侯爵令嬢に劣る身分ではない。

 ループした人生で、彼女の傲慢な態度が許されたのは、オスニエルの支援があったからだ。

「無礼なのはどちらですか」

 フィオナの低い落ち着いた声に、ジェマはびくりと体を震わせた。

「わたくしは側妃とはいえ、オスニエル様の妻には相違ありません。あなたの言動は、私だけではなく私の夫への批難となりますがよろしいですか?」

「は? 何を言っているのよ。私がオスニエル様を批難するわけがないでしょう? 私は正妃候補よ? 私の言動はオスニエル様の言動と同じ……」

「ええ。候補なだけです。あなたはまだ侯爵令嬢。私よりも、低い身分であることを肝に銘じてください」

「な、なによ!」

 カッとなったジェマは、平手を振り下ろした。いっそ怪我をさせられた方が都合がいいかもしれないと、フィオナは甘んじて受けようとする。

「キャン!」

 だが、ドルフの声に、ジェマは動きを止めた。

『俺のペットに手を出そうとはいい度胸だな』

 ジェマには「キャンキャン」というかわいい鳴き声にしか聞こえないだろうが、なかなか男前なことを言ってくれる。

「あなたの犬ね? 蛮族の犬は野蛮ね。無駄に吠えたてちゃって」

「あら。ドルフは賢い犬よ。この子の良さがわからないなんて、あなたこそどうかしているわ」

 フィオナもドルフをけなされて黙っているわけにいかない。ふたりの間に火花が散った。
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