戀を手向ける
「つーかおまえ、どっか行きたいところとかある?」
「どうして?」
「聞き返してくんなよ」
「うーん。だいたい生きてる間に行ったからなあ。ハワイかインドは行きたいけど」
「本気なら行ってもいいけど」
「今ならひとりぶんのお金で済むもんね」
バレてる。
「うそだよ。正直ない。たくさん行ったもん」
そうなんだよな。じゃあ本当に俺が引き留めたからここにいるってこと?なんかきついわ。
どうしたもんかな。
このまま近くにいたら、こいついつか絶対泣くと思う。だったらさっさと成仏できたほうがいいだろ。
「いくなよって言ったのうそだからいけよ」
「もー、投げやりにならないでよ。ちょっとめんどくさいって思ってるでしょ」
思ってないけど、思ってないフリしてやってもいいやって思うから無視をする。
とりあえず今日は帰るか。
「ぶふふ。うち、お泊りだめだったから、直矢くんと同じお家に帰れるのうれしいなあ」
のん気だな。こっちはけっこう嫌。だいたい来るなら片づけたかった。来るっていうかいたんだけど。
「そういえばお部屋にわたしと撮った写真飾ってあったでしょ」
「うるせえよ」
飾らなきゃよかった。
「わたしがおすすめしたまんがも置いてあったでしょ」
「見間違いだろ」
おまえが買え買え煩いから買っただよ。
「前行ったときはなかったのに」
隠したんだよ。指摘してくんじゃねえよ。
「うるせえ、黙れうざい」
「照れてるー」
あー嫌い。すげー嫌い。でも笑ってるの、魔術。ずるいよな。
言い合っていると、ふいに強く風が吹いた。
そういう時は目をつぶって、過ぎ去るのを待って、そのあと「冷たかった」「あったかかった」「金木製のにおいがした」「ネコバスが通ったかも」「雨降りそうだね」って、絶対感想を言ってくるやつだった。
だけど触れられない藤宮守寿の茶色い髪はなびくこともなく、ぬるい夏の風についても何も言ってはこなかった。