十六夜月と美しい青色
 「ゆいちゃん、そろそろ上がっていいよ。お疲れ様」

 柳田が、定時を過ぎて声をかけてきた。
 
 「もう、そんな時間ですか。月末の支払いの書類を整理したので、明日柊吾が来た時に、事務所へ持ち帰る様に渡してください」

 結花は、店を手伝いながら、合間を見て事務処理をしていた。あとは、経理の康子さんに渡せば問題ない。大きなため息をつきながら、エプロンを外して帰り支度をした。

 「うん、了解。なんだかお疲れみたいだね(笑)。さっきゴミ捨てに外に出たら、随分と寒くなってきてたから雪になるかもよ。気を付けて帰ってね」

 「ええ。お疲れ様です」

 結花は、苦笑いをしながらカフェを後にした。

 今朝の天気予報では、今夜あたりから雪が積もりそうなことを言っていた。柳田が言っていたように、外はかなり冷えてきていて、結花は従業員出入口から出たとき思わず寒さに震えてしまった。ショールを顔が隠れるほと巻いて寒さを凌ぐ。この様子だと、明後日はホワイトクリスマスになるかなと期待をしながら、モールの最寄り駅に向かって結花は一人で帰途に着いていた。

 「結花…」

 雑踏の中でも間違えるはずの無い聞き慣れた声に呼ばれた。以前の結花だったら、喜んで振り返っただろう。今は自分の物ではないその声に、振り向くことなんてできなかった。

 「待って、ゆいか…」

 息を切らしながら走ってきた凌駕が、足早にその場を離れようとしていた結花の左腕を掴んだ。

 「なに…」
 
 振り向くことが出来ずに、顔を背けたまま呟く。

 「どこか落ち着いて話せるところに行かないか。どうしても、話をさせて欲しい。あれから一度も、ちゃんと話せてないから…」

 「私には、今更話すことなんてないわ。お願いだから、その手を離して…」

 「嫌だ。一度だけでいいから、時間をくれ」

 強引に腕を引かれ、そのまま胸の中に抱きしめられた。
 
 「それよりは、奥様の身体を労ってあげなさいよ。身重なんでしょう?こんなところに居る暇があるなら、家に帰りなさいよ。抱きしめる相手を間違っているわ!」

 「そのことも、聞いて欲しい。…お願いだ」

 抱きしめる腕に、さらに力がこもった。懐かしいその抱擁に、結花は一瞬のためらいの後、力一杯に凌駕の胸を押しのけた。

 「どれだけ話を聞いても、一度ダメになったものは二度と同じ形には戻らないの。貴方と一緒に過ごした時間は、二度と戻らないの。それを分かって…」

 柊吾と一緒に買い求めた、和人へのプレゼントの包みが結花の手を離れ足元に落ちると、その上に大粒の涙が、一つ、二つと零れ落ちて()みを作っていった。
 
 「それは、今朝のあの男と結婚するからか?」

 「もう、貴方には関係のない事でしょ。貴方が終わらせたんだから、これ以上は私に構わないで。お願いだから…」

 落としたプレゼントを手に取ると、そのまま、人混みの雑踏の中に駆けていった。

 
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