十六夜月と美しい青色
 その様子を、信号待ちのタクシーの車窓から、部下と共に取引先の懇親会に向かおうとしていた和人が静かに見ていた。

 「どうされます?今夜の懇親会、私だけでもどうとでもなります。彼女の傍に居なくても良いんですか?」

 和人の視線の先を、隣にいた深見も追っていた。

 部下として隣に座っていた深見は、和人の右腕として、本社の経営に関わることを約束されていた。その有能さに、和人も全幅の信頼を置いていた。表向きは、和人のいる販売促進課の一職員でしかないが、和人が本社へ戻る準備をするために陰で秘書業務を担っていた。

 腐れ縁の深見は、和人が自分の意志ではなく家が引いたレールを否応なく走らされてきているのを見てきた。だから、結婚だけでも想う人と遂げさせてやりたかった。それに本社に戻れば、和人の結婚すら会社の道具にされかねない。創業家一族の一員としての重圧を身をもって知っているだけに、副社長の和人の父からも結婚だけは和人の意志に任せるようにと言われていた。

 それに和人が見た目に反して、恋愛に関しては不器用なところがあるのも深見はよく知っていた。

 「すまない」

 その言葉を聞くと、深見は運転手に駅のローターリーへ寄るように指示を出し、和人を降ろして目的地へと向かった。

 和人はタクシーを降りると、駅の改札へ向かった。あの距離ならタクシーの方が早いと踏んだからだ。スマフォを持ち、メッセージを送るが既読もつかない。すれ違いたくなくて改札で待ってはいたが、無事に逃げ帰れているのかと不安に覆われた。

 吐く息が白く立ち上って、宙に消えていく。しばらく待っていると、重い足取りで結花が駅のコンコースに姿を見せた。

 「おかえり」

 「和人…。どうしたの?今日は接待だって言ってなかったかしら」

 和人は、安堵したように走り寄ってくる結花を腕を広げて受け止めた。

 「ただいま…」

 「ああ。うちの部下は有能だから、俺が居なくても何とかなるって追い返されてね。ここに居たら、結花に会えるかと思って待ってた。一緒に帰ろう」

 「ええ」
 
 結花はしがみつくように、和人の胸に顔を埋めると、嬉しそうに返事をした。

 「寒いから、温かいものを食べて帰るか」

 「んん…なんだか、家でゆっくりしたいの。うちに来る?何か作るわ」

 「いいのか?」

 「たいした料理はできないけど、それでも良かったらどうぞ」

 「楽しみだな」

 ふたり手を繋ぐと、寄り添ってタクシー乗り場へと歩き始めた。
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