十六夜月と美しい青色
 「婚約破棄の理由、他の女性を妊娠させたと言っていただろう。相手の女性が妊娠していたのは事実だったらしいが、父親が凌駕君ではなかったんだ。実際には、同窓会の時にはすでに妊娠していたんだよ。大学を卒業する前に分かれていたその彼女に、何度も復縁を迫られていたのを、凌駕君はお前と交際を始めて、はっきりと結婚を考えて付き合っている彼女がいるからと断っていたんだ」

 父が珍しく、結花の前でジャケットの内ポケットから出した煙草を(くゆ)らせた。普段は、母が嫌うこともあって、煙草を手に取るところは家族には見せない人だった。世間的にも分煙がすすんでいるから、仕事中でも応接で煙草を吸う所なんて見ることはなかったのだが、何かやりきれないものがあるのだろうかと結花は感じていた。

 「その後、相手の女も、家同士の釣り合いの取れた相手と見合いをしたらしいが、他に付き合っていた男が居たそうだ。まあ、それが本気だったんだろう。妊娠したが、見合い相手に言えるわけもなく、相手の男にも言えず、同窓会で偶然再会した凌駕君が幸せなのを見て、妬んで思い付きで凌駕君を嵌めたそうだ」

 柊吾がどこからか持ち出した灰皿を受け取ると、天井に向け大きく煙を吐いて、煙草の先で燃え尽きていた灰を軽く指先で叩いて灰皿に落とした。

 「お前との縁談を断って責任を取ろうとした凌駕君が、先方の家に挨拶に行った事で、ご両親が娘のしたことを知って激怒してすべてが明るみに出たんだよ」

 淡々と話す父の声が、呆然とする結花の耳に届いていた。

 「お前との縁談が壊れさえすれば、凌駕君とどうこうするつもりは無かったようだ。凌駕君にしてみれば、ただの憂さ晴らしに巻き込まれただけだ」

 ひどい…、そう思ったのに結花は言葉を発することが出来なかった。膝の上で握りしめた手が震えていた。大きく見開いた瞳から、一粒ずつ涙があふれ出した。

  そうして、父の口から思わぬことを告げられた。

 「あと、その女がどうなったかは知らないが、凌駕君は直ぐに儂のところへ謝罪と、再び交際をさせて欲しいと許しを請いに来たよ」

 小さくなった煙草を、灰皿に押し付けると冷めたの湯飲みを手にした。

 「ただ、紅梅屋さんにしてみたら騙されましたでは済まない話だからね。おまえとの婚約を、破棄してまで責任を取ろうとした相手が、実は父親は違う人ですから凌駕君とは結婚しません、なんて言われてもな。紅梅屋さんも苦渋の選択で、京都の老舗の和菓子屋で凌駕君のお父さんも修行をされた店に、ほとぼりが冷めるまで彼を行かせることにしたらしいよ。5~6年は帰って来れないようなことを言われている」

 結花は、信じられないことを聞いてしまったと言う思いで、震える手を握りしめていた。
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