ずっと好きだった。

「目を閉じればいいよ」

「どうしてですか?」

「顔を見なくてすむだろ?」

「でも、全て違います。キスも、声も、指も、……ぜんぶ」

「嫌か?」

「全然」

「でも悲しそうな顔をしてる」

「嫌じゃないから……嬉しいから、悲しいんです」


 こんなに抱き合うことが幸せなことだったなんて忘れてた。
 それが悲しい。でも嬉しくて、でも悲しい。
 すごく失礼なことを言ったのに、課長は私を優しく抱きしめてくれる。


「――好きだよ」


 耳元で囁かれる言葉。
 彼からも何度も同じ言葉を聞いた。
 だけどこんなにも違う。
 あれは強く抱きしめてくれていたんじゃない。乱暴に抱かれていたんだ。

 ああ、どうしよう。
 セックスがこんなに気持ちいいことだって忘れていた。
 どうしよう。
 こんなに幸せを感じてしまってる。
 どうしよう。
 私は今、彼を忘れたくてこの人を利用しているのに。

 優しく囁く声も、気遣うように私に触れる指も、私を抱きしめる大きな身体も、すべてに愛を感じてしまう。

 ずっと好きだった。
 彼へのその気持ちが、自分を誤魔化すための嘘だったことに気付いて怖い。
 課長を利用しているはずなのに、本気になってしまいそうで怖い。


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