恋人ごっこ幸福論
「橘先輩、」
「んー?」
シロイルカの仲良さげな姿に案外夢中になっている彼に話しかける。
「水族館、楽しいですね」
「ああ、結構楽しい」
そう言う彼の言葉は心からのものであるようだ。なんだかんだ言って、水族館楽しんでくれてるのかな。ほっと安心する。橘先輩が私に向き合おうとしてくれてるんだから、私も頑張らなきゃ。
彼のTシャツの裾を少しだけ掴む。とりあえず、なんとか裾に触れられるくらい傍に近付けた。
ここから自然に彼の手を握りたい。けどすぐ傍にあるのに、心臓の音がどんどん加速して触れたいのに手が動かない。
「スキンシップ?」
触れたいのに、橘先輩の手に触れられずにもたついていると水槽に夢中になっていたはずの彼が、いつの間にか私を見下ろしていた。
手を握ろうと迷っているうちに、つい強くTシャツを握りしめていたから少し皺になっていた。
「はい…すみません、Tシャツ皺が寄っちゃったかも」
「別にいいよ、さっきから掴んでるのは気付いてたし」
「やっぱり気付きますよね…」
こんなに近くに来て、軽くとはいえ服を掴まれたら気付くだろうけれど。
気付いてもらうためにしていることなのに、なんだかいつも恥ずかしくなってきてしまう。