恋人ごっこ幸福論




「並んだのに、誘惑に負けちゃいましたね」



コンビニの限定シャーベットを齧ると、冷たいパイン果汁が口いっぱいに広がって一気に生き返る。

結局アイス屋さんに並ぶことより、目の前のコンビニアイスを選ぶことに意気投合したのだ。



「また来ればいいだろ」

「またがあるんですか?」

「何、あるって思ってんじゃねえの?」

「思ってますけど…」

「だろ。じゃあまた次の機会にリベンジしよう」

「…はい」


それって期待していいってことでいいのかな、意味がないかもしれなくても彼の言う”また”は嬉しい。



「緋那」


にやけてしまっているとふと橘先輩に名前を呼ばれる。

名前呼び、あれからずっとこうだ。
みんなから普段名前で呼ばれてるから慣れているはずなのに、橘先輩に呼ばれるだけでもどかしい気持ちになる。



「はい、なんですか。橘先輩」



橘先輩はじっと私を見つめるだけで、続きを話してくれない。



「な、何ですか?私どこかおかしいですか?」

「……名前」

「え?」

「名前呼びしてって言わなかったっけ?」



そう言ってから少し照れているのを隠しているように見える彼に、思わずきょとんとする。



「え、あれって私をからかってたんじゃ…」

「いやマジで言ってんだけど」

「そうだったんですか…でも、」

「今更だけどその方がぽいだろ。俺の名前知らない訳じゃないだろ」

「知ってますよ!大好きな人の名前ですもん」

「冗談だよ」



まあでも確かに、恋人っぽいって言うなら呼び方を変えるのが1番最初だったのかも。玲央ちゃんに指摘されていたから尚更そう思ったのかな、それなら私も名前で呼ぶべきかもしれない。

……とは言え、名前で呼ぶにしても何て呼ぶのが正解?彼方先輩、彼方くん、…彼方?


それに、頭の中で呼ぶことは出来ても口に出すのは話が違う。



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