恋人ごっこ幸福論
「か…」
じっと私が名前を呼ぶのを待つ彼に向かって呼ぼうとするけれど、妙にドキドキしてしまう。
「やっぱり無理です!!」
「ええ?」
怪訝そうな声を上げる先輩には申し訳ないけど、無理なものは無理だ。
だって何か恥ずかしい。こんなことで恥ずかしくて情けないけれど。
「まあ気が向いたらでいいよ」
「はい…」
「別に気長に待つから」
「……それって、」
気長に待つ、ってことはこれから先も私と付き合うってことだよね?
そう思ってくれている意味について聞きたくて、彼を見つめる。
「だからつまり―――…」
ちょっと困ったような顔をする橘先輩が何か言おうとした時だった。
「神山さん?」
ふいに誰かに名前を呼ばれて、声がした方に視線を向ける。そこには見覚えのある、思い出したくない姿が目に入った。
「やっぱりそうだ、久しぶり。なんか雰囲気変わったね」
「……く、ろかわくん」
愛想笑いをするさらさらの黒髪に、華奢な身体。
相変わらず中性的見た目をした彼は、少し戸惑いつつも久々の再会に喜んでいるのか。会話を続けようと私に近付いてくる。
なんで、ここで。他に一緒にいる人はいなさそうだし1人なんだろう。それだけは安心した。